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老麺肉まん高野

Chef's Profile
Legend Fumio Takano

料理長
 髙野 文雄


1948年(昭和23年)山梨県出身

赤坂飯店、富士会館、平和島大飯店等、高級中国料理有名店で勤務の後、日本における中国料理の最高峰である目黒雅叙園にて料理長として長年活躍。
中国料理最高水準の技術をベースに、日本伝統の職人の手仕事との融合により日本独自の洗練された味を創り出してきた。
上海、香港、台湾等の本場で中国料理の技術を習得。日本人初の中国料理最高資格を取得。
最高の料理を提供することはもちろん、更に感動的な料理体験を味わってもらうために、宴会場のテーブルに氷細工の五重塔や庭園を配置したり、生花や茶道、歌舞伎などの芸術とのコラボをプロデュースしたり、料理体験を芸術的領域にまで高める演出を主導。
職人技の伝承にも貢献し、中国料理界で多くの料理人を育成した。 後輩には料理界の第一線で活躍する職人も多数。日本中国料理調理師友好会役員をはじめ、料理人をまとめる活動にも尽力している。

日本人で最初に取得した
中国料理最高資格
今から約43年前に髙野文雄料理長が日本人で初めて中国調理最高資格を取得した時の証明書です。(現在でいう特級厨師資格)
当時、日本における中国料理の調理師による業界団体を設立するとの動きがあり、本場の中国料理を正式に学ぶために日本の料理人を台湾に派遣することになりました。その際に日本を代表して選ばれた料理人が髙野文雄料理長でした。当時27歳という異例の若さで抜擢され、日本人として初めて中国料理最高資格を取得しました。 その後、公益社団法人日本中国料理調理師協会が設立され、組織の変遷を経て、現在の公益社団法人日本中国料理協会に至り、現在の会長は陳建一さんが務めています。 髙野文雄料理長は、現在のように資格制度や団体がしっかりと確立される以前の混沌とした黎明期に、正にフロンティアとして日本人初の最高資格を取得しました。1975年(昭和50年)と言えば、日中国交正常化してからまだ3年後、上野動物園に初代のパンダ、カンカンとランランがやって来た頃でした。料理長が後輩の育成や団体の交流にも尽力してきたのは、きっと若い頃から料理人や業界のために働いてきたからなのだと思います。

トマト

にっぽん食。
~日本人の身近にある食を追求し提案するのが当店のコンセプトです。~
現代の日本では、お米、野菜、魚を中心とした伝統的な和食ではなく、肉、パスタ、パン、ラーメンなど食材のジャンルを超えて益々多様化し、進化し続けています。 「老麺肉まん高野」は、和・洋・中といった国別のジャンルにとらわれず、先人達が築き上げてきた食文化をリスペクトし、現代の日本人の日々暮らしの中で地域に根差した食文化を築いていきたいと考えています。

昭和24年創業
~当店の起源は、戦後を力強く生き抜いた母の影響~
高野料理長の父は、宮内庁に勤め、戦況の悪化のため、母が山梨県甲府市に疎開し、小さな飲食店を営んだのが始まりです。高野料理長が料理人の道へ進んだのもその先代の影響が強く、老麺肉まん高野の店名は、高野家の威信をかけ、老麺に向き合いこれまで築き上げてきた全てを出し切る(直球勝負)想いが店名になりました。


家紋

祖父は、日蓮宗の総本山である久遠寺の第71世 大僧正 日祷上人であり、三本足橘が高野家の家紋


Media News

老麺肉まん髙野セントラルキッチン 広報(10:00~17:00)

TEL:0297-63-5155
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